「のりもの進化論」(松浦晋也 著)。
自転車とその進化形である人力の様々な乗り物、クルマ、モノレールと新交通システム、という三つの観点から、都市の交通インフラとシステム、「モビリティ」ということについて熟考した本。著者の松浦さんは、宇宙やロケット分野で第一人者として活躍中のジャーナリストです。
私自身、クルマ、オートバイ(現在は乗っていませんが)、自転車、鉄道(元は蒸気機関車ですが)、そしてなりより「自分で運転して移動する」ということが好きなので、とても面白く読むことが出来ました。大事なことは、移動するときの手段やルート、方法などについて「自分でよく考えて選択する」ということ。その場合に、社会や環境のため、という正しいのだけれど堅苦しいことだけではなく、「自分が好きな、あるいは快適な」という軸も重要である、ということなのですね。
考えていれば、現状の問題点も見えてくるし、その解決のための方法にも気付くことができます。そして考える際のとても良い導線となる内容が本書には数多く盛り込まれています。ハードだけではなくルールやマナーといった話に至るまで、示唆に富んでいます。
都市の交通インフラやシステムは、公共交通機関にしても道路にしても、まだまだ問題がたくさんあります。官僚や自治体の都市計画や交通インフラなどにかかわっている方々にぜひ読んでいただきたい本でもありますね。
人力でのモビリティの可能性に目を向けさせてくれるのも、本書の面白いところです。3.11の地震のとき渋谷にいた私は、渋谷から横浜の綱島まで約20キロを歩いて帰ってきましたが、すぐにそう決断できたのは、普段から自転車やジョギングで距離感と所要時間、最短ルートについて体感していたからでした。「ゆっくり走って10キロ1時間、歩くとほぼ倍かかる、20キロなら約4時間か」と考えて歩き始め、実際その通りでした。
普段から交通機関に頼って自分で運転する何かで移動したことがない人は、距離と所要時間の感覚がない場合が多いですし、何より道を知りません。この「道が分らない」ということが、人力によるモビリティの可能性をかなり殺いでいると思います。今では、携帯やスマホの地図やルート案内などもあるので、かなりの部分で解決していると思いますが、相変わらず「道を知らないから」と言う人はたくさんいます。
また、人力でのモビリティの中でも特に自転車の可能性は、松浦さんも再三指摘されていますが、社会として過小評価されていると思います。私は、長距離ツーリングをするわけではないですが、以前は横浜の綱島から恵比寿の事務所までよく自転車(クロスバイク)で行っていました。20キロないと思いますが途中にけっこうな坂があります。それでも50分くらいで到着します。汗はかきますが、電車でもクルマでも、所要時間は大して変わりません。
現在は、綱島と町田の間の約20キロをよく自転車で移動します。鶴見川沿いにサイクリングロードが整備されていて坂がほとんどないという好条件ですが、買い物自転車でも1時間ちょっとです。このくらいの距離で坂がないと、前傾のきついスポーツタイプの自転車よりも、ちゃんと整備した買い物自転車の方が楽です(体重の上限を超過していますが:笑)。この場合も、電車は乗り換え等で40分はかかる、クルマだと50分程度、道路が込んでいると1時間半くらいかかることがある、という比較になります。
雨の日は辛い、夜は危険、夏は暑い、冬は寒い、と自転車のネガティブな要素を挙げることは簡単ですが、所要時間がほかの手段と大差ない、ドア・ツー・ドアである、けっこうな荷物を運べる、ということは再認識して良いと思いますね。
それでもクルマってのは、いろいろ問題はありますが、所有形態は別としてやはり手放せないものの一つですね。交通機関のないところへ行く、時刻表に行動を規定されないなど、メリットがたくさんあります。何より、運転自体が楽しい(私はマニュアル車ですが)ものです。昨今増えている免許を持ってない人たちには、「自分が好きなところへ、好きなときに、好きなルートで、好きな手段で行く」という楽しさを知らないかもしれませんね。むしろ、選択肢が限られているので、「好きな」という点について意識できないのかもしれないと思うと、ちょっと残念に思いますね。
本書は、都市のモビリティについて考察したものですが、モビリティを考えるときに私の頭に浮かんでくるのは、「冬のマイナス20度、人っ子ひとりいない雪が積もった道路」という北海道育ちの人間の原風景です。クルマで帰ってきて、車内で寝込んでしまって凍死、なんて話があるくらいなので、地方の交通インフラや高齢者のためのモビリティとともに、冬のモビリティは北国では大きな課題となりますね。