ちょっと長いですが、バブルな頃の想い出です。
この人たちは、今は何でしのいでいるのだろう、、、。
いまや、客の30倍のタクシーが並んでいます。
深夜バスもダイヤが充実した、、、。
「兄ちゃん、そんなとこで待ってたって、深夜バスなんか来ないよ」---。
1990年代前半、バブル真っ最中の月曜深夜1時20分。渋谷モアイ像の前にある深夜バス乗り場。一人で立っているところに声をかけてきたのは、白タクの運転手だった。
タクシー乗り場では、順番待ちの人が車の30倍は並んでいた。しかも、空車はたまにしか入ってこない。終電車は12時40分。とっくに過ぎている。仕事帰りに、終電まで30分と思って焼き鳥屋に入ったら、意外に焼き鳥が出てくるのに時間がかかって、終電を逃してしまったのだった。
頼みの綱の深夜バスは、1時10分と30分のはずだった。
「兄ちゃん、1時半のバスは金曜だけなんだぜ。で、どこまで帰るんだ?」
「横浜、、、」
「よし! 1万でどうだ」
馬鹿野郎、普段は深夜料金で8000円だ。
「6000円しか持ってないが、それでよければ乗せてもらおうか」。
「しょうがねぇな。じゃ、あれに乗って待っててくれ」
男が指し示した車は、5ナンバーのクラウン。飾りっ気のない紺色の車だった。覆面パトカーでも、もう少しなんとかなってるように思えた。前の席はベンチシート。つまり定員は6人だ。
先客が3人いた。運転手の意に反してだらしなく座っており、席には既に余裕がない。金は先払いだった。しばらく車外で待つことにする。
運転手が戻ってきて、もう少し待てと言った。助手席二人分を占拠していた30代半ばとおぼしきサラリーマンが、突然、居丈高な態度で「さっさと出せぇ! いつまで待たせやがる」と怒鳴り散らす。なだめにかかった運転手の言うことなど聞くわけもない。
後席には、泥酔した若い女ときちんとした身なりの小柄な中年女性が乗っていた。詰めてもらって、後ろに乗り込んだ。
ようやく走り出したが、運転手はタクシー待ちの行列に未練たらたらだ。ベンチシートのクラウンにはもう一人乗れるのだから無理もない。しかし、助手席の男の罵声に耐え切れず、しぶしぶ国道246号に合流した。
いきなり猛スピードでトンネルに入り、池尻に出る。白タクなんだから捕まったら困るはずなのだが、飛ばしに飛ばす。事故を起こしてどうにかなっても、そんな車に乗ったほうが悪い、とか言われてお終いだろうな、などと考える。
まずは、下馬のあたりで助手席の男を降ろす。運転手は、ご丁寧にも自宅の前まで行くという。男の横柄な道順の指示が聞くに堪えない。ようやく降りていったが、バブル期にあの年齢で、そこそこの一戸建て(ま、3階建てだが)に住んでいるようだった。1億前後か(環七の内側だぜ、まったく)。それにしても、白タクやその同乗者に自宅を知られて、平気な神経が理解できん。どうやら、5000円払っていたようだ。せいぜい2500円だろうに、、、。
次は、泥酔した若い女を溝の口まで。と思いきや、運転手は駅や主要な交差点では必ず客らしき姿をチェックし、これはと思う人間に声をかけている。とりあえず、空振りに終わってはいたが、さすがに抜け目ない。
この女、溝の口にはごく最近引っ越したらしく、いったん駅まで行かないと自宅が分からない、ときた。駅からこれまたご丁寧に自宅まで。溝の口徒歩数分の新築マンション。ま、バブル期なので8000万か? こいつも、自宅を皆に知られて、フラフラと降りていった。払った額は2万円。4倍以上はボラれている計算。平和なお嬢さんだ(ま、タイプではなかった)。
さて、ようやく横浜が次の目的地になる。6000円ということなので、遠回りは時間の問題だけである。とはいえ、先に降りた二人の自宅まで行っているので、やたらと時間がかかっている。時計は既に2時半を回っていた。
後席は、中年女性と二人。この女性、1万円で横浜駅近くまで帰るというしっかり者。昼間は、横浜高島屋の呉服売り場で働いているという。
「あんたには絶対に似合うから、和服を作りなさい。一生モノだよ」
「太ったって大丈夫。洋服と違って調整するところがいくつもある」
この調子で延々と和服の講釈が続く。渋谷で久しぶりのクラス会だったとかで、機嫌が良い。酔いも手伝って、同じ話が何度も出てくる。半分眠って聞いていたが、誰がいくら払っていたかも、ゼンブこの人から聞いた。
途中、梶ヶ谷あたりで急停車。このあたりには手ごわいバッティングセンターがあるのだが、停まったのはタクシー会社の前だった。深夜にもかかわらず、こうこうと灯りが点いている。
運転手は「ちょっと待ってくれ」と言ったきりそのまま停車している。すると、5分もしないうちにタクシー会社から「上がり」の運転手が出てきた。
「乗ってけよ。500円でいいよ」
「おめーら、こんなことしてイイと思ってんのか? ま、1000円払ってやるよ」
助手席にプロを乗せた白タクは、1キロ半ほど先のカラオケボックスの前で停車。プロは、「朝まで歌うぞーっ!」(既に声は裏返っている)と叫んで、降りていった。白タクしか来ないようなところに事務所を構えるタクシー会社。そして、そこに勤務し、深夜に上がり、白タクにチップを弾む運転手。彼らもバブルで食っている、のだろうか。
助手席が空いたベンチシートのクラウンは、抜け道をぶっ飛ばして横浜へ向かう。酩酊、千鳥足のおっさんでもいたら、間違いなく轢き殺していただろう。
表通りで降りることにした。自宅を知られてはかなわんし、第一、たちまち高島屋から和服のセールスが来そうな感じだ。運転手は「家の前までの料金だから」といって聞かないが、「コンビニに寄る」といって表通りで停めてもらった。しかし、「料金」とはよく言ったものだ(NTTならタリフだぜ)。
両手の指では足りないくらい何度も聞いた「あんたは和服が似合うから、、、」という言葉をさえぎって車を降りた。明けつつある東の空には、もうオリオン座が昇っていた。
「狭いからきついんですよ、小型タクシーは」---。
珍しく初乗り640円の小型タクシー。数年後のある夜、終電間際の途中までしか行かない電車を降りて、飯を食ってタクシーに乗った。簡単につかまること自体がバブルの頃とは様変わりだ。
「小型はこの1、2年でなくなるでしょう。その代わり、中型の料金が下がります。500円台後半でしょう。80円ずつ上がる料金も距離が伸びるでしょう。深夜割増は3割ですが、2割になるでしょう。9000円超えると1000円につき10%割り引きますが、これが5000円超えると割引になるでしょう。でも、料金が下がるだけで、タクシーを利用する人は変わらないので、食っていけなくなりそうです。そうなったら私はタクシーやめます。今だって、半月ごとの歩合で給料ですが、今年もらった20回のうち、1回も手取りで20万に達しませんでした、、、」---。
個人タクシーは既に深夜2割増に変わってきている。
家まで1920円。80円のお釣りをしっかりもらった。