既に忘れられた趣味という雰囲気さえ漂うオーディオではあるが、「自作」という切り口ではまだまだ捨てがたい。
初めて聴いた自作スピーカーは、友人が作った10cmフルレンジユニット(一つのユニットですべての音域をカバーする)の小さなスピーカーだった。サイズからは信じられないくらいの切れ込みの良い、弾むような音にショックを受けた。
この友人は、アンプも自分で設計するようなマニアで、真空管アンプの専門雑誌にも登場したことがあるほどの人物。僕は電気工学に疎いのでアンプの自作は敷居が高かったが、スピーカーの自作は木工の世界なのですんなり入っていくことができたのだった。
スピーカーの自作は、音が出る部分である円形の「ユニット」(これはユニット単体で市販されているものを買ってくる)の特性に合わせて、それが上手く鳴るような箱(エンクロージュアという)を設計することが最も重要なプロセスである。ユニットの実力を発揮させられるかどうかはエンクロージュア次第、ということになる。
ユニットは、それだけを直結して鳴らしてみるとよく分かるが、大口径のユニットであっても十分なボリュームの低音が出ない。エンクロージュアで背面を囲うことで、低音成分が逃げずによく聞こえるようになる。
いろいろなタイプのエンクロージュアがあるが、一般的なのは「バスレフ型」と言われるタイプだ。これは、エンクロージュアの一部に穴が開いていて、それが空き瓶に息を吹き込むと「ボーッ」と鳴るのと同じ原理で共鳴する。結果として、低域の音を、その周波数を中心にして増幅してくれる、ということになる(他にもいくつか方式がある)。
ユニットから直接聞こえる音とエンクロージュアから出てくる音が混じりあって、スピーカー全体から聞こえてくる音になるわけだ。
エンクロージュアを設計する際のポイントは、ユニットの特性(低音が出やすいかどうかなど)に合わせて容積と穴の大きさと長さを決めることである。低音の増強が第一の目的なので、フルレンジユニットならそのユニットに、複数のユニットを使用する場合(2ウエイ、3ウエイなど)には低音用のユニット(ウーファと呼ぶ)に合わせて設計する。
あとは、好みの外見を追求する、サブロク(90cm×180cm)の合板からなるべく効率よく板を取る、などが設計段階の楽しみである。
もう一つ、設計の方針を決める上で重要なことは、目指す音の傾向をはっきりと定める、ということである。
市販のスピーカーでも、かなりのレベルで破たんなく何でも聴けるようにチューニングしてあるものだ。一方、自作スピーカーの最大の特徴は、自分の好きなジャンルに合わせた設計ができるということである。
例えば、オーケストラを聴くならば、横方向の解像度を重視したくなるし、小編成のジャズを聴くならば、前後方向の立体感を重視したくなる、というようなことである。また、特定の楽器や人の声の再現性にフォーカスすることもある。
また、破たんのないチューニングということは、いろいろと内部に仕掛けがあるということでもある。つまり、そういうチューニングをしていない分だけ構成がシンプルで、音の鮮度が高いということも、自作の特徴の一つなのである(荒削りとも言う:笑)。
というわけで自作スピーカーは、万能選手ではないけれど、ある分野に限っては市販品には真似(まね)できないほどのパフォーマンスを示すことがある(自己満足も含んで:笑)。もちろん、ここでいうパフォーマンスは「コストパフォーマンス」という意味である。
現在、メインスピーカーとして使っているのは、米アルテック製の同軸2ウエイユニット(1本数千円)を使ったもの(写真)。ポンと前に出てくる屈託のない鳴りっぷりは、なかなか得がたいものである。中音域の元気の良さ、前に出てくる感じ、これらは、市販品、特に横方向の解像度重視の製品ではまず聴けない種類のものである。もちろん、好き好きなので誰もが良いと感じるわけではない。
ユニット自体の設計は古いので、低音はそれほど出ないしベースの芯がしっかりしているという種類の音でもない。同軸2ウエイだけれど、高音もそう伸びてはいない。そのため、高域用のスピーカー(ツイータ)を上に乗せて聴くこともある。これは、メインのスピーカーの高域を補うもので、メインの特性に合わせてカットオフ周波数とボリュームを調整できるようにしてある。こういったことも、自作ならではの楽しみだ。
外見も、合板で作ったままでもよいし、塗装などを工夫して美しく仕上げるのも楽しみの一つである。何度も塗って鏡面仕上げにすると、音も変わるのだという。また、ユニットは生かしつつ、反省点を生かした新しいエンクロージュアを作っても良いわけだ。
スピーカーの自作には、特別な技能は要らない。ユニットと形が決まったらグラフ用紙かなにかに板の切り方を書いて、合板を売っているところに持っていって切ってもらう(自分で切っても良いけれどなかなか大変)。それを木工ボンドで接着して組み立てる。スピーカー端子のはんだ付けができれば、あとはなにも要らない。
故長岡鉄男氏のような巨匠もいて、参考になる本などもたくさんある。ネットには、ユニットの特性を入力すると最適なエンクロージュア容量を算出してくれるようなサイトもある。
メインのオーディオ用に限らず、ベッドサイド用の小さなスピーカーが欲しいとか、集会場で使うモニター用スピーカーが欲しい、という場合に、自作すれば良い音が安く手に入る。大型システムであっても、市販の製品の数分の1のコストで作ることができる。
※他サイトに掲載したものを転載しました。