いま、金曜の深夜である。直径数センチの球形の氷を1個入れたタンブラーにウイスキーを注いでノートパソコンに向かっている。「Webとウイスキーの日々」などと言うタイトルの割には、こういうシチュエーションは実は稀である。
普段ウイスキーを飲む時は、ほとんどがバーである。“そっと静かに染み入ってくるようなロック”を聴きながらの場合(「ロック、あの頃、そして今」もご覧ください:笑)もあれば、1950年代のハードバップのこともある。お店の状況によっては、「今夜は、トニー・ウイリアムスで攻めてみますか?」と、ドラムでメシを食っていたことのあるマスターから提案されたりもする(もちろん、大歓迎です)。
そんな無数の、何ものにも代え難い夜がある一方で、これまでウイスキーを飲んだシチュエーションには、特に印象深いものがいくつかある。そしてそれは、飲んだ場所、飲み方、ウイスキーの銘柄、そしてその場で同じ時を過ごした人など、さまざまな条件が重なった結果であり、再現しようとしてもなかなかできるものではない。このコラムでは、折に触れてそういった「忘れられないシチュエーション」のことを書いてみようと思う。
例えば、もう10年くらい前になるが、当時所属していた雑誌の取材でアメリカに出張したときのこと。その時のホテルのバーがいまでも忘れられない。
そんなに高級なホテルではなかったし、けっこう“ファミレス的”な感じの一人で気楽に行けるバー、というかレストランに併設のバーカウンターだった。一人だったので、カウンターに座ってビールを飲みながら2、3品食べ、「さて、ウイスキーでも飲むか」という状況だった。カウンターの向こうのバーテンダーに「ジャックダニエルをロックで」と注文したのだが、これが大間違いだった。
タンブラーの代わりに、ハンバーガーショップのLサイズのコールドカップくらいのグラス(ま、ジョッキに近い)にクラッシュアイスを詰めたと思ったら、そこにソーダやコーラを注ぐときに使うような道具で「ブシューッ」と一気にジャックダニエルを満たして出してくれたのだ。
「ウイスキー・ミスト」(ロックアイスの代わりにクラッシュアイスを入れたウイスキー)というにはあまりに豪快な一杯。それでも値段は、ウイスキーのショット1杯としてごく常識的なもの。もしかしたら、「さっさと部屋に戻ったらどうだ?」というメッセージだったのだろうか…(苦笑)。
いずれにしても、予定ではワイルドターキーも飲むはずだったのだが、これで十分ヘロヘロに。結果、1杯飲んだだけで部屋に退散することになってしまった。その時、何を食べたかも覚えていないが、「Lカップにクラッシュアイス。ジャックダニエルをたっぷり」だけは、しっかりと記憶に残っている。アメリカ人というのはこういうウイスキーの飲み方をするものなのか、と感心したり呆れたりであった。
もっとも、この時以外はアメリカのどこでウイスキーを頼んでも、1ショットの量は多めではあるものの、常識的なオン・ザ・ロックスが出てきた。ニューヨークのジャズスポットでジャッキー・マクリーンを聴きながら飲んだ時も、ワシントンでスタンリー・タレンタインの腕利きの日本人ピアニスト(ケイ赤城だった)やウイントン・マルサリスに感激した時も、出てきたオン・ザ・ロックスは普通だったし、ウイスキー自体はあまり覚えていない。
もちろん日本では、こんな豪快な一杯にはお目にかかったことがない。
※この連載は2004年から2005年にかけて、nikkeibp.jpサイトに掲載したもののアーカイブです。
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