バーで、自宅で、旅先で、競馬に勝った、負けた、などとウイスキーを飲む場所と理由には事欠かない訳であるが、自然の中で飲むウイスキーはまた格別である。
特に、山の温泉に行って飲むウイスキーはこたえられないものだ。なんといっても、湧き水が冷たくて美味しい。チェイサーにして良し、割って良し。と、まあ、これだけなら部屋で飲んでも変わらないのだが、そこはやはり「露天風呂で一杯」である。これも、忘れられないシチュエーションの一つなのである。
もう20年くらい前のことになるが、一人で休暇を取っては、オフロードバイクで山の温泉を回っていた。東北や北海道の山道をくまなく走り、1日6湯などという“はしご”をしては、気に入ったところに宿泊する、というような旅だった。もちろん連休時期などは予約が不可欠になるが、普段はまだまだ飛び込みでも泊まれるような時代だった。北海道の峠などは、国道であってもダート(砂利道)ばかりで、オフロードバイクが実用的だった。対向車のはじき飛ばした石ころが膝頭を直撃した、なんてこともあった(最近では、ほとんど舗装されています)。
余談ではあるが、最近話題の「源泉かけ流し」などという温泉の見分け方は、既にその頃から体得していた(笑)。湯船に浸かったら、ザバーッとお湯が溢れなくてはいけないとか、泉質にもよるが、お湯を飲めるようにコップが置いてある、というようなことが大事なのである。本物の温泉を見分けるポイントは、今も昔も変わらないのだ。
で、ある年の5月の連休に奥鬼怒にでかけた。奥鬼怒にある4湯(八丁の湯、加仁湯、日光沢温泉、手白沢温泉)のうち、どこか泊まれるところに泊まろうと思っていた。この4湯は、どれもそれぞれ素晴らしいのである。
麓の駐車場にバイクを置いて、1時間半ほど歩いて宿まで登って行くのだが、一番手前にある八丁の湯(宿泊は満員だった)の露天風呂で東京からの3人連れと一緒になった。滝が見える湯に浸かって話をしていると、「実は、4人の予定だったが1人来られなくなった。今夜は一緒に飲まないか?」という有り難い話になった。
その年はとても雪が多く、5月の連休だというのに周りは残雪だらけ。宿まで登って行く道は、例年だと土が出ているのに、ほとんどがまだ雪に覆われていた。バイク用のブーツ(モトクロス用は底がフラットで滑る)のまま歩いて汗だくで宿に到着し、すぐに露天風呂に向かう。幸運にも、一番露天風呂に近い部屋で、部屋で素っ裸になって縁側に出ると、もうそこは露天風呂であった。当然、露天風呂の周りにもたくさんの残雪である。
知り合った3人のうち1人がウイスキーを持参していた。しかし、山小屋と言ったほうが相応しいような宿のことゆえ、氷を気軽に頼むという訳にはいかない。そこで、ウイスキーを瓶ごと雪に突き刺して冷して飲むことにしたのである。
宿の部屋で飲む時は、ウイスキーであろうとなんであろうと備え付けの湯飲みで飲む。これが、旅先での“間に合わせ”な感じでなんとも趣があるのだが、露天風呂では落として割ると危ないので、アウトドア用の金属製のマグカップや水筒に付属のプラスチックのフタなどで飲むようにする。
真冬であっても、露天風呂はとても快適だ。寒いことは寒いのだが、気温が低いだけにまさに“頭寒足熱”。のぼせないのでいくらでも風呂に入っていられるし、上手に飲むと飲む端から醒めて行く感じが味わえる。マグカップにキレイそうな雪を一つかみ放り込んでも良いし、埋め水で割っても良い。ウイスキーだけでなく、ジンやウオッカでもイケる。0℃付近まで冷えた蒸留酒のトロトロな口当たりを楽しめる。
普段は、ゆっくり風呂に入ることもそうはないし、シャワーで済ませたりすることも多い。たまにこういうことをしないと、温泉が“キレ”てくるので注意しないといけない(笑)。
さて、今年もそろそろ終わります。読者の皆さんに感謝するとともに、来年もいろいろなことを試みようと考えています。引き続き、よろしくお願いします。では、良いお年をお迎えください。
そうだっ! 温泉に行かなくては…(笑)。
※この連載は2004年から2005年にかけて、nikkeibp.jpサイトに掲載したもののアーカイブです。
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