先日、あるネットショップで買ったラガヴーリン16年は、どうもちょっと“気”が抜けていたようだった。手元にあったその酒と、信頼できるバーに置いてある酒を並べて飲んで比較した訳ではないのであまり断定的なことは言わないが、覚えている味ではなかった。そう思って後日、バーで再確認(ま、飲むのにいろんな理由を思いつくわけですが…)してみたのだが、最初に感じた「あれ?」という感じは残った。
ウイスキーの味は、保存状態に左右される。せっかく奮発したのに気が抜けている、という悲しいこともなくはないのである。高価なものであれば、味わいもデリケートだし、それほどたくさん売れるわけでもない。劣化するような状況にさらされやすく、その影響も受けやすい、ということがあるかも知れない。
一番ありがちなのが、あまり酒を飲まない人の家にお邪魔した時に出てくる、サイドボードなどで長期保存された高そうな1本だ。フタのコルクがボロボロになって折れて瓶の口のちょっと奥のほうに残ってしまったり、それをワイン抜きなどでなんとか取り出してから、コルクのかけらだらけの酒をコーヒーの紙フィルターで漉したりと、けっこう大変なことになる。味は、当然だが気が抜けている(笑)。本人、酒飲みの来客用にと大事にしていたようなので申し訳ないのだが…。
これは、バーでも同じ。高価な1杯ほど、繁盛している店、信頼できる店で飲みたいものだ。特に、瓶を逆さまに立ててあって、グラスをぐっと下から押し付けると1ショット分だけ出てくるディスペンサー(ショットメジャーともいう)を使っているような場合は、既に酒が外に出ていると言ってもいいくらいなので、気が抜けている可能性がある。こういう場合は、よく売れている銘柄、つまり安めの酒が安全である。高いものはなかなか売れないので、瓶の口のところにたまったまま時間が経過して、デリケートな味わいや香りが損なわれてしまうことがある。高い酒で残りわずかになったものは、かなり長い間その状態にあったと考えられるので要注意だ。
実際、何度か経験がある。例えば、1ショット1800円でバーゲンしていたバランタインの30年。もちろんウイスキーとしては不味くはないのだが、本来の味と香りではないように感じられた。店頭で1本数万円の酒がショットで1800円は普通はあり得ない(十数杯しか取れませんから)わけで、こっちもある程度覚悟して飲んではいるが…。逆さまに立ててあったグレンモーレンジ18年やアードベッグ17年(両方ともかなり好きなウイスキー)でも、似たようなことがあった。
ま、これはウイスキーに限った話ではない。日本酒も同じだ。造ってから3カ月以内に飲め、とラベルに書いてあるものさえある。最近、倉庫で1年経過した某有名ブランドの特別本醸造が、いろいろあってウチに回ってきた。せっかくの1本だったが、日本酒本来の香りが抜けて、ぬか臭いような平板な味になっており、半分くらい飲んだものの料理酒にしてしまった。
某メーカーのうたい文句ではないが、ビールも鮮度が命だ。缶ビールでさえ、今月できたものは明らかに美味い。古い瓶ビールなどは、オリがたまってぬか臭くなっている。もう20年近くも前になるが、冬の間は閉めている温泉に営業再開直後のゴールデンウイークに行ったら、見事に年を越したビールが出てきたこともあった(笑)。ま、風呂上がりの1杯だけなので、許容範囲ではありましたが…。
ビールの鮮度といえば、日韓ワールドカップ以降、サーバーを置く店が増えているギネスの生である。このギネス、業務用の30リッターの樽しかないのだという。1パイントは約500mlなので、1樽でパイントグラスで60杯弱である。生なので、1日に少なくとも10杯以上は売れる店でないと、すぐに味が落ちてしまうだろう。輸入しているサッポロビールも、ギネスの生は置く店を選んでいるようだ。注ぎ方にも技が必要なギネスではあるが、鮮度はごまかせないのである。最近よく見かけるギネスの「超音波泡立器」(サージャーと言うらしい)は、それほどは売れなくてもギネスを置きたい、という店に対応したものなのだと思う。
酒の熟成は、製造段階でオシマイである。ウイスキーなら樽の中で熟成するだけである。ワインは瓶で寝かすけれど、他の酒は出荷されたらすぐに飲む、封を切ったらすぐに飲み切る、というのが本来の味を味わうためには必要なのだと思う。
きちんとしたバーでは、頻繁に出る定番の酒は別にして、棚に保管してあるボトルの口には、しっかりと密閉のためのテープが巻きつけてあったりする。1本空けるのに半年もかかりそうな客には、ボトルでは売らないものだ。「新鮮」(というのか?)な酒の、その酒本来の味を、信頼できる店で味わいたいと思う。もちろん、日本まではるばる旅してきた酒であれば、生産された故郷での味わいとは多少は違っているのかもしれないが、「いいコンディションを知らないために、気が抜けていても分からない」というのは、酒飲みとしては寂しいことだと思う。
※この連載は2004年から2005年にかけて、nikkeibp.jpサイトに掲載したもののアーカイブです。
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