シングルモルト・ウイスキーには、「ボトラーズもの」と呼ばれるボトルがある。これは、工業製品でいうところのOEMみたいなもので、ボトラーと呼ばれる再販業者が蒸留所から樽単位で酒を買い付け、それを瓶詰めして独自に販売するものである。
知っているブランドなのにラベルが違う、あるいは熟成の年数が普段見かけないような数だ、などという場合はボトラーズものであることが多い。ネットショップを探しまわると、いろいろなボトラーズもののウイスキーを見つけることができる。
グレンモーレンジやラフロイグといった蒸留所ブランドの正規ボトルは、たくさんのボトルの味を安定させるために複数の樽の原酒を混ぜている(シングルカスクと銘打ったものは例外ですが)。これに対してボトラーズものは、普通は樽単位で買い付けるので、当然、当たり外れがあるし、量も限られている。この年のこの樽は抜群、ということもあれば、その逆もあるわけだ。それだけに「目利き」が問われるのだが、有名なボトラーが英国ではなくイタリアやドイツだったりして、これもなかなか面白い。
残念なことに日本のウイスキーでは、ウイスキーの再販が法律で認められていないので、こういった業態、あるいは製品は見かけない。以前紹介したサントリーのオーナーズカスク(「樽は森の恵みです」へ)など、ボトラーズものにしたら抜群だと思うのだが、発表会で質問したら、それはできないとの答えだった。
個性豊かなボトラーズのウイスキーは、バーで見かけたら、あるいはバーテンダーが薦めてくれたなら、ぜひ飲んでみたい酒である。とはいえ、「多様性」と「希少性」がボトラーズのキーワードであり、いくら気に入ったとしても、いつでもそれが飲めるというものではない。「いつでも飲める、安定した味わい」をギャランティしているのが蒸留所の正規ボトル、「一期一会を楽しむ」のがボトラーズものなのだと思う。
バーには、その店のポリシーがあって、正規ものを中心に品揃えして、いつでも同じ品質の酒を切らすことなく提供する、ということを重視している店もある。そういう店では、ボトラーズものは置かない。一方、たくさんのボトラーズもので棚を埋め尽くしているような店もある。われわれ勝手なユーザーは、状況に合わせて、ポリシーに沿って利用させていただくわけである。
ちなみに、先日飲んだアイラモルト「カリラ」のボトラーズものは素晴らしかった。カリラは、アイラの中では比較的軽い味わいで、そのため、するするとたくさん飲めるのが嬉しいところなのだが、そのボトラーズもののカリラは違った。ヨード香を濃厚に感じさせる、まさにアイラという味わいだった。カスクストレングス(加水していない)だったが、「へー、カリラがねぇ…」と驚いたり、納得したりであった。この店は、正規ボトルを基本にしつつ、「今日はこんなのが入りました」という感じで店主が納得したボトラーズものも出してくれる。魚が美味い居酒屋で「今日はイイ鯖が入ったよ」などというのに似ているかも知れない。
ただ、その店に毎日行くわけではないし、次に行った時にそのボトルが残っている保証もない。鯖はダメだけど平目がイイという日もあるだろうし、ある日思いがけない酒に出会うということが、ボトラーズものの魅力と言えるだろう。ま、そうは言うものの、定番の正規ボトルに加えて、ボトラーズによる味のバリエーションまで楽しもうとすると、これはもう、夜(と財布?)がいくらあっても足りないのではあるが…(笑)。
※この連載は2004年から2005年にかけて、nikkeibp.jpサイトに掲載したもののアーカイブです。
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