札幌から電車で50分弱で小樽に到着する。ここから1時間に1本か2本のローカル線に乗り換えて余市に向かう。ローカル線と言っても函館本線なのだが、札幌・函館間は札幌から長万部までは室蘭本線がメインルートになっている。札幌から小樽までは、通勤電車とか千歳空港まで行く電車などで本数も多いのだが、小樽から先はローカル線の風情なのである。
余市は、小樽を出て3つ目の駅。小樽から30分弱である。海の方(進行方向の右手)に向かって駅を出るとすぐに大きな交差点がある。それを渡ったら、左の方にニッカの余市蒸留所が見えてくる。以前紹介した、「シングルカスク余市10年」などを蒸留し、寝かせているのがここなのである。
入場は無料。30分おきくらいに見学ツアーが組まれていて、蒸留所内を順路に沿って案内してくれるようになっているのだが、くまなく歩いても1時間程度なので、自分のペースで歩いてみたい。
とりあえず、ウイスキーの製造工程を一通り見学するわけだが、まず、「ああ、日本のウイスキー蒸留所だなぁ…」と印象的なのが注連縄(しめなわ)を巻いたポットスチル(写真)である。ぶらさがっている和紙を折ったものは「紙垂」(しで)というのだそうだ。
ウイスキーを寝かせている貯蔵庫では、入った瞬間に何とも言えない甘い香りに包まれる。ウイスキー、それもシングルカスク余市の甘み成分だけが揮発したような素晴らしい香りである。まさに「天使の分け前」(熟成させる間にだんだん蒸発してウイスキーが少なくなるが、減った分をこう表現する)を分けてもらっている感じなのだ。余市の貯蔵庫では、樽は2段まで、人の背丈ほどにしか積んでいない。大量に生産している工場などでは、もっと高く積み上げるのだが、2段であれば、それだけ上の段と下の段の温度差が少なく、品質が揃ったものができるのではないかと思われる。
敷地内には、ウイスキーの歴史や製造方法をはじめ各種の資料などを展示した博物館やニッカの創業者である竹鶴政孝氏と妻のリタが住んでいた家などもある。もちろん、食事もできるし、酒やチョコレートをはじめとした土産物のショップもある。スタンドバーのようなコーナーで、かなり自由に試飲させてくれるので、ウイスキー好きにはたまらない場所である。
クルマで行っても、札幌市内から1時間半くらいであるが、試飲を犠牲にすることを考えると、余市へは絶対に鉄道で行くべきである(小樽からバスもあるが)。
同じブランドの、しかもかなり好きな部類のウイスキーについて、熟成期間による違いを7年、10年、15年、20年というように確かめられる機会はそうはないと思う。若いなりの良さ、熟成によって味が完成していく様子、長く寝かせることで失うもの、などが如実に感じ取れるのである。昼間なので酩酊しておらず味がよく分る、ということもあるかもしれない。
なお、ニッカは宮城峡にも蒸留所を持っているが、宮城峡と余市ではかなり味の方向性が違う。余市がヘビーで厚みを感じさせるのに対して、宮城峡は軽やか。サントリーの山崎と白州も、似たようような関係なのは面白い。もちろん、好みは人それぞれである。
試飲コーナーには、「飲み過ぎないでください」などという“たしなめ”があったりして、こういうところで乱れるほど飲む人ってのもいるんだなぁ、と思わず笑ってしまう。試飲でちょっと酔っているかもしれないが、ゲストハウスの展望塔にはぜひ登っておきたい。蒸留所とその周辺を見渡すと、緑が多くて川が流れていて、しみじみ「イイところだなぁ」と感じさせられる。
なお、蒸留所を歩き回って、ちょっとウイスキーを飲んだ後は、やはり腹が減っているものだ。線路と平行に走る駅前の通りに面した市場の2階には、北の海の幸がとても安く味わえるおすすめの食堂がある(ニッカとは関係ないようだが)。小樽市内は観光地化してしまい、安くて美味い店を見つけるのがなかなか難しくなってしまったので、ぜひここで腹ごしらえをしたいところである。
ただ、以前行ったときは、入店待ちの人が長蛇の列で、2階の入り口から外の歩道まで行列ができていた。人のことは言えないが、ほとんどが観光客である(笑)。既にかなり空腹だったのと、列車の本数が少ないということを考えて、ここでの食事は断念した。残念ではあったが、実は、駅前の交差点に面した角の食堂も、なかなか捨てがたいのである。昼下がりの余市、お目当てに入れずに偶然見つけた古い食堂で、ビールを飲みつつ、素朴な味のチャーシューメンなどを食べていると、時間がゆるゆると流れていくのが感じられるのであった。
※この連載は2004年から2005年にかけて、nikkeibp.jpサイトに掲載したもののアーカイブです。
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