先日、中学時代の同級生と久しぶりに酒を飲んだ。実家が同じブロックという友人が、nikkeibp.jpのメールマガジンを見て、「ホントにオマエかよ」と二十数年ぶりに連絡をくれたのがきっかけ。結局、東京近郊にいる数人が新橋に集まった。卒業以来かな、という顔もあったし、たまに会う(といっても5年くらい会っていなかった)やつもいた。
変な細かいことばかりやたらと覚えているやつがいる一方で、ほとんど何も覚えていないやつもいたりして、人間の記憶などというものは、実に不思議なものである。卒業して30年近く経っているので、皆に共通するのは、「最近、直前のことを忘れるよね。昼に何食ったとか…」なのであった。
それにしても、国語の時間に俳句を詠んだら、その俳句を教師にこっぴどくこき下ろされた、などということを30年経っても克明に覚えているのだから、先生という職業は大変だ。夏休みにクラス担任と1泊で登山に行ったことがあったのだが、これも「満天の星だったなぁ」とか皆よく覚えていた。学校の行事でもないのに夏休み中に生徒を山に連れて行くなどというのは、現在の学校や教師、親にとっては考えられないことかもしれないのだが、山や星空のことは覚えている一方で、肝心のその先生の名前を忘れていたりするわけである(苦笑)。今回集まったメンバーには、教師はいなかったが…。
中学の同級生というのは、なかなか絶妙な距離感があるものだ。人によっても違うとは思うが、小学校じゃ記憶にないし、高校や大学では別な社会的な軸が見えてきたりして、またそれぞれ違った距離感になる。地方都市の公立中学なので自宅が近い、なんてことも影響しているとは思う。ともかく、とてもリラックスした、滅多に味わえない楽しいひとときであった。皆、けっこう飲んだのだが乱れることもなく、金曜ということもあって、“30年前のこと”を肴に、電車がなくなってもまだしばらく飲んでいた。
「30年」と言えば、最近、「グレンモーレンジ30年」(写真)を飲む機会に恵まれた。ボトリングは四千数百本、日本には280本くらいしか入ってきていないという。もちろん、値段も値段なので、ショットで1杯だけ、である。ボトル1本の標準的な価格は、700mlで8万円だというが、ネットショップを探すと7万円弱のところもあるようだ。それを良心的なバーで1ショット(1.5オンスはあったな…)飲んだ、ということで1杯いくらかはご想像いただきたい。
このウイスキー、44.3度のカスクストレングス(樽から出したままの状態で加水していないもの)で、グレンモーレンジ定番のバーボン樽で寝かせてから、後半をオロロソ・シェリーの樽で熟成させてあるという。
味わってみると、やはりオロロソ・シェリー樽のフィニッシュが素晴らしい。グレンモーレンジは、ベーシックな10年に最もよく感じられる木の実のような香りが特徴だと思うが、それを洗練させるのにオロロソはとても良い相性だと思われた。もちろん、刺激的なところはまったくなく、グレンモーレンジの個性をそのままに、味に奥行きを出した感じである。元々ヘビーなモルトではないけれど、30年はさらに軽やかでしかも複雑、というシロモノだった。
これまで飲んだ30年モノのウイスキーには、以前に別のところに書いた「サントリーの響30年」をはじめ、ラフロイグ、バランタインなど、いくつかの銘柄があるけれど、今回のグレンモーレンジほど30年という年月をかけることに納得させられる感じはなかったように思う。もちろん、どれも当然のように美味いのではあるが、この銘柄でなくてもよいのではないか、あるいは、あまりに失ったものも多いのではないか、という感覚も正直なところないわけではなかった。今回は、ボトリングの後に長期間ストックされていたものではなく、出荷されたばかりのフレッシュな状態であった、ということもあるとは思うが…。
グレンモーレンジのラインアップには、最近出たアルチザンカスク(9年)、10年、15年、18年、25年、30年がある。さらに、ウッドフィニッシュが5種類(シェリー、マディラ、ポート、バーガンディ、ホワイトラム)ある。中でも、25年と30年は、同社の気合いを感じさせられる商品である。価格差を考えると、コストパフォーマンスでは25年が30年より上かなあ、とも思うが…。
18年は、ラインアップのなかで最もコストパフォーマンスに優れると思うが、最近では品薄らしく、15年がその代わりのようだ。いずれも、普段飲むにはかなり贅沢な部類の酒である。10年は、“モルト原器”とも言えるような酒で、ウイスキーの基本中の基本の一つであると思っている。いろいろ試しても、たまに必ずここに戻ってくる、というような性格の酒なのだ。この辺にグレンモーレンジの実力を感じるわけである。
ウイスキーは、30年であんなにも洗練されるわけだが、人間はどうなのだろう? ウイスキー同様、洗練されるところもあるし失うものもあるわけだが、先日の同窓会で感じたのは「皆、根は変わらんなあ…」であった。特に、口調というか話し方は、30年経っても変わらないものである。
※取材協力:日吉・画亭瑠屋
※この連載は2004年から2005年にかけて、nikkeibp.jpサイトに掲載したもののアーカイブです。
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