3月下旬から4月上旬にかけてのこの時期は、心が落ち着かない。学生の頃なら卒業、入学、合格、落第などで落ち着かなかったのかもしれないが、今は、明らかに桜のせいである。咲くまでは、今か今かと気になるし、咲いたら咲いたで、何カ所か見ておきたい桜があるものだ。
例えば、会社近くなら千鳥が淵。東急東横線・中目黒の目黒川沿いの桜並木。ここは、人工護岸の川面を覆い尽くすような枝ぶりが素晴らしい。都立大学駅から深沢を経て、国道246号まで続く桜並木もいい。九品仏浄真寺の境内、多摩川台公園なども、本当に素晴らしい(東京在住でない方には分りにくいかとは思いますが…)。
東京の桜は、今年は8日(金)にほぼ満開になった。週末の9日、10日は好天もあいまって、素晴らしい花見日和であった。8日は、桜の名所はどこもすごい人出だったようだが、バタバタと仕事をしているうちに会社を出るのが遅くなってしまい、残念ながら夜桜は見ずじまいだった。もちろん、週末にちょっと取り返した。
これから“桜前線”が到達する地域の方は、落ち着かない日々がまだまだ続く。北海道ではゴールデンウイークの直前くらいに満開になるだろう。そのうち、桜を追いかけて旅をする、なんてことをやってみたいものだ。
花見には酒であるが、ここはなかなかウイスキーと言うわけにはいかない。水だ、氷だ、マドラーだ、グラスだ、といった道具立てが大変なのがウイスキーなのである。ま、スキットル(ヒップフラスコ)に入れて持って行って、きゅっとやるくらいである。若い頃のキース・リチャーズのように、ジャック・ダニエルを瓶ごと持ち歩いてラッパ飲みするほど酒に強いわけではない。缶入りの水割りもあるが、こっちはどうにも薄くていただけない。
木曜日の午後イチにタクシーに乗ったら、「お客さん、花見は?」とドライバーに訊かれた。「さっき乗せたお客さんは、これから上野公園で場所取りだ、と言ってました。業務命令なんだそうです。いい会社ですねぇ」。午後イチから場所取りして、夕方から本格的な花見。ま、その挙句に救急車を呼んだりするわけであるが…(苦笑)。
桜の季節とともに始まるのが春競馬である。4月10日の桜花賞を皮切りに「クラシック」と呼ばれる3歳馬の最高グレードのレースが東京優駿(日本ダービー。今年は5月29日)まで続く。その間には、古馬と呼ばれる4歳以上の馬による最高グレードのレースも目白押しである。
日曜のレースの余韻を味わっているうちに、水曜、木曜には次の日曜のレースの調教の様子が公開される。過去のデータもチェックしなければならない。金曜には枠順が発表され、一気に仕上げの予想モードに突入する。最近では、大きなレースは金曜夕方から馬券が売られるため、そういった場合は木曜に枠順が発表される。と、まあ、真面目に競馬をやっていると、1週間があっという間に過ぎ去って行くのである。
桜とダービーには、“泣ける”という共通点がある。季節の花は他にいくらもあるし、競馬だって年中やっているのだが、桜とダービーだけはどうしても特別なのである。これは、その「刹那の美しさ」ゆえ、だと思う。桜はいいとこ1週間、パッと咲いて、あっというまに散ってしまう。ダービーは、1万頭以上の同世代のサラブレッドの頂点を決める、3歳馬だけの1回きりのレースなのである。チャーチルをして、「首相になるより、ダービー馬のオーナーになる方が難しい」と言わしめている。
「あと何回見られるのか…」と思わせられるのも、桜とダービーである。モノごとは、突き詰めるとどれも一期一会な側面はあるのだが、桜とダービーほど、それを強く感じさせるものはなかなかない。ダービーと同じ東京競馬場の芝2400メートルなら、世界の強豪馬が集まる「ジャパンカップ」など、ドラマチックなビッグレースは他にもあるが、ダービーでの最後の直線を駆け上ってくる各馬の姿は、他のレースとは何か違って見えるのである。
競馬とウイスキーとくれば、やはり、「ミント・ジュレップ」だろう。アメリカには、1875年から続いている伝統あるレース「ケンタッキー・ダービー」(5月の第一土曜日。今年は5月7日)があるが、このレースの“オフィシャルカクテル”がミント・ジュレップである。ミント・ジュレップを飲みながら競馬を観戦するのだという。
ケンタッキーはバーボンの産地。ミント・ジュレップは、バーボンやライウイスキーを使ったカクテルである。まず、ミントの葉と砂糖と少量の水を深めのグラスの底でぐちゃぐちゃに潰す。そこにクラッシュアイスを満たしてウイスキーを注ぎ、ステアすれば完成だ。これをストローで突きながら飲む。
ケンタッキー・ダービーの日だけで、数万杯のミント・ジュレップが飲まれるとも言われる。ま、普段でさえ、バカでかいグラスにクラッシュアイスを満たして、なみなみとウイスキーを注いでいるようなお国柄だし、1人で何杯も飲むのだろうから、さもありなん、である。
グラスの外側に霜が付くくらいに冷えたミント・ジュレップは、ミントの香りがさわやかで、いくらでも飲めてしまう。まったく、薫風な季節に相応しいカクテルである。やはり、腕のいいバーテンダーに作ってもらうのが一番であるが、自分でやるなら、ペパーミント、スペアミント、アップルミントなど、ミントの種類を変えてみたり、バーボンやライウイスキーの銘柄をいろいろ試して、好みの味を見つけるのが楽しいと思う。
インターネットで「ミント・ジュレップ」を検索すると、メーカーズマークやアーリータイムズの「瓶詰めされたミント・ジュレップ」が見つかる。ま、いちいちミントを潰して作ってられないので“できあい”で、ということなのだろうか? 缶チューハイに相通じるものを若干は感じる(笑)。度数は、アーリータイムズが30度、メーカーズマークが33度。1リットル瓶で5000円程度らしい(ま、安くはないし、量も多いので、家庭ではもてあましそうです)。
東京の夏は暑いし、6月に入れば梅雨である。梅雨の前のこの季節、休みの日にベランダなどで風に吹かれながら、明るいうちからゆっくりとウイスキー(に限らないが)を飲むのは、1年のなかでも一番爽やかで貴重な時間かもしれない。
さて、東京では今年の桜はだいたい終わったという感じだが、この季節は、競馬だけでなく草野球とシロギス釣りが本格化する時期でもある(笑)。そんなわけで、この連載も半年間お付き合いいただいたが、いったん今回で終了とさせていただくことにした。次は日本酒の話でも書こうかなと思っていますが、未定です。半年間、本当にありがとうございました。
※この連載は2004年から2005年にかけて、nikkeibp.jpサイトに掲載したもののアーカイブです。
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