実に当たり前のこと、と思われるかもしれないがウイスキーは「地酒」である。味や風味はもちろん、商品のブランディングにさえもその土地の気候風土が色濃く反映しているものなのだ。
その地酒としての特徴を一番はっきりと味わうことができるのが、シングルモルト・ウイスキーである。シングルモルトは、単一の蒸留所のモルトウイスキーだけを使ったウイスキーで、その蒸留所でなければ出せない味に仕上がっている。
「荒々しい海の香り」とか「果物やナッツのような香味」というように形容されるシングルモルト・ウイスキーの風味は、水や大麦麦芽をはじめとする原料、樽やポットスティル(蒸留装置)などの製法・設備の違い、気候風土の違いで醸し出される。
特に、「アイラ」と呼ばれるスコットランドの西海岸にあるアイラ島のウイスキーは、海藻に起因するヨード香が強く、地酒、風土、ということを強く感じさせる。アイラ島には7つの蒸留所があるが、中でも「ラフロイグ」や「アードベッグ」などはその強烈な個性で一度飲んだら忘れられないウイスキーである。
これに加えて最近では、「シングルカスク」と銘打ったウイスキーも見られるようになった。カスクとは樽の意味。つまり、単一の樽のモルトウイスキーだけを瓶詰めしたものである。同じ原酒でも、樽自体の大きさや材質が違ったり、樽の置き場所が違ったりして、寝かせる時の条件は違う。10年もの長い時間寝かせていくうちに樽ごとに味が異なってくるわけで、この樽ごとの個性を味わえるのがシングルカスクなのである。
蛇足ながら、「カスク・ストレングス」と銘打ってあるものは、樽から出してそのままという意味である。普通は、樽の中でアルコール度数が50度から60度くらいになった原酒に加水して40度とか43度に整えるのだが、それをしていないわけである。
シングルカスクの話に戻すと、250リットルの樽で700ミリリットルの瓶が357本くらい取れる計算になるが、同じ味の瓶はそれしかないのが価値である。実際、ニッカの「余市シングルモルト・カスク」の樽番号が違うものを何本か飲んでみたけれど、同じ方向性ではあっても、明らかにそれぞれの個性が感じられた。普通の酒屋ではあまり見かけないが、ニッカのサイトで手に入れることができる。樽ごとに違うテイスティングノートを読みながら飲んでみると、個性が分かると思う。バーでショットで飲むなら、テイスティングノートを見せてもらうこともできると思う。
さらに蛇足であるが、「ピュアモルト」という表記も、特に国産のウイスキーで目にするものである。これは、モルト・ウイスキーだけを使ったウイスキーで、異なるモルト・ウイスキーをブレンドしてある。異なる原酒を混ぜることを「バッティング」というため、バッテッドモルト・ウイスキーとも呼ばれる。
一般にウイスキーといえば、いろいろなモルト・ウイスキーとグレーン・ウイスキーをブレンドして味を調えた「ブレンデッド・ウイスキー」を指す場合が多いが、“地酒度”という尺度からでいえばブレンデッドよりピュアモルト、さらにシングルモルトがその上ということになる。シングルカスクは、さらにそのちょっと上、ということになるのだろうか。
ところが、ブレンデッド・ウイスキーであっても、この地酒という性格を隠すことはできない。こうなると、それはその国のウイスキーの個性、ということになる。
つい先日、サントリーのウイスキー「響30年」が、本場英国の「第9回インターナショナル・スピリッツ・チャレンジ(International Spirits Challenge)2004」で最高賞を受賞した。響30年は、複数のモルトウイスキーとグレーンウイスキーをブレンドして味を調えたブレンデッド・ウイスキーである。
この響30年を1杯だけ(何しろショットで宴会1回分くらいする:笑)飲んだのだが、はじめに感じたのが「ニッカの余市に似た感じがある」というものだった。響と余市という、日本の中ではまるで違うジャンルのウイスキーに共通する風味が、地酒としての日本のウイスキーの風味なのかも知れないと気付かされたわけである。さらに、響と余市(2002年に響とは別の賞を英国で受賞している)がともに本場で評価されたのは、この日本のウイスキーの個性が、スコットランドの地酒の個性にも十分に対抗しうるものだということなのではないか、とも思ったのである。
地酒といえば、狭義には日本酒だろうけれど、ウイスキーも地酒であることは間違いない。いろいろな個性のシングルモルトを味わうと、この味が「できちゃった」ものなのか「狙って作った」ものなのか、ということをついつい考えてしまう。しかも、その味は実際に飲んでみなければ分からない上に、好みはあれどどの味にも納得させられるわけで、これはなかなか始末におえないのである(苦笑)。
※この連載は2004年から2005年にかけて、nikkeibp.jpサイトに掲載したもののアーカイブです。