たまたまご縁があって東京・横浜から富士山麓に引っ越し。Webビジネスを正業にしながら、富士サファリパークの近くに小さなレストランを開業しました。大量にモノを処分して田舎に引っ越した、オジサンの身軽で気楽な日常――。このコラムでは、田舎の良さと不便さ、それを克服するための小技などを紹介します。田舎暮らしがちょっと気になっている、そんな方にヒントをお伝えできればうれしく思います。さて第1回では、自己紹介も兼ねて、まずは「なぜ富士山麓に?」ということから。
「お、雨か……」。外に出てみると、山の夕方ならではの空気の匂いと肌寒いくらいの涼しさが心地良い。ここは富士山麓。標高1000メートル弱に位置するレストラン「cafe TRAIL」。さて、これからバー・タイムの営業だ――。
2014年3月、横浜から富士山麓に移って、パスタや洋風の煮込み料理がメーンのレストランを開業しました。ここに至るまでにとても多くの方々にお世話になったのですが、それは追々、いろいろな形で書いていきたいと思います。
新5合目に至る富士スカイラインに上っていく道沿いとはいえ、けっしてクルマや人の往き来が多い場所ではありません(5月の連休には渋滞していましたが)。「どうしてここに?」と聞かれると、ご縁があったことをはじめとしていくつかの理由があるのですが、個人的に一番大きな理由は「暑いところはもういいよ」かもしれません。
暑いのは弱くはないし、就職以来、30回の夏を東京・横浜で過ごしたのですが、夏バテや夏痩せの経験は残念なことに一度もありません(笑)。夏の盛りの海の家で、泳ぎもせずに飲み友達とずっと飲んでいたことも楽しい思い出ですが、暑いのには、慣れはしてもどうにも好きにはなれませんでした。札幌育ちゆえかなとも思いますが、裏を返すと寒い分には何の問題もないわけで、所詮本州の寒さでしょ、冬のキリッと冷えた空気は気持ち良いよねなどとと、涼しいところに引かれたというのが正直なところです。
元は喫茶店だった店舗を借り、そこからクルマで15分くらいのところにアパートを借り、単身、富士山麓に移ったのが3月上旬。初めての田舎暮らし(これまで住んだのは札幌、東京、横浜)が始まりました。それから4カ月ちょっとが経過して、周辺の様子もだんだん分かってきたところです。
野生のシカが道端から飛び出して来るような田舎ですが、そうはいっても、新幹線の三島駅までは店からクルマで40分弱、そこから品川までは50分弱と、東京との時間的な距離は下手な通勤より短いくらい。基本、これまでのインターネットの仕事を続けながらのレストラン営業なので、週に1回は東京に「出張」があったり、たまには横浜に1泊して中華街や馬車道で通い慣れたお店に行ったりの生活。それまでの生活から完全に切り替えて移住した、というのとはちょっと違います。
自分の会社を作って以来、仕事のスタイルはかなりの部分がいわゆる「ノマド」的な状況になっていました。自分の事務所、社外取締役などで関わった会社のオフィス、クライアントのオフィス、自宅がいくつかの事情で複数になったり、ということで立ち回り先が増え、「住居不定だなぁ……」などと思いながら、PCとネットを使ってどこでも仕事ができるように環境を整えていました。今回、その延長に富士山麓が加わった、という言い方もできるわけです。
田舎であってもコンビニはあるし、宅配便は毎日配達に来てくれます。店からクルマで30分程度で御殿場市内に出られます。そこまで行けばたいていのものはそろいます。ただし、クルマがないとどうにもならないのは予想通り。東京では、Suicaの残高がエラい勢いで減りますが、田舎ではガソリンがどんどん減ります。
10年くらい前に買ったシマノ27段変速のそこそこ軽い自転車も持って来てはいるのですが、店は標高1000m弱、東名高速の御殿場付近が標高450mくらいですから標高差約500mの上り一方なわけで、自転車だといったん下ったが最後、二度と戻る気になれません。他にも、銀行がない、モバイルは3Gでしかつながらない、光ファイバが来ていない、ガスが高い、などなど不便なことはいろいろです。
初めての田舎暮らしには、意外なこと、面白いこと、不便なこと、その不便をなんとかする楽しさ、どうにもならないことをどう諦めるか、など様々な側面がありました。そこでどう対処すべきなのか、そうした経験をホットなうちにご紹介しようとういのがこのコラムの狙いでもあります。
例えば、両替。歩いて行ける範囲には、銀行や郵便局はおろかコンビニもないので、両替ができません。お店では、お釣りのための小銭が必要です。コンビニでの買い物の際などに1080円の会計だったとすると、都会では1080円ちょうどあるいは1100円だったり、1万100円を出したりして手持ちの小銭を減らすようにしたものですが、今は完全に逆。1万円札を出して、8920円のお釣りを手に安心するようになってしまいました。もっとも、さすがに相手も迷惑だろうし学習もするので、今では、十分な小銭を常に持ち歩くようになり、その状態をキープしていますが(笑)。
とはいえ、自分の会社を持っていたこと、ネットで場所にとらわれずに仕事をしてきたこと、ここ数年はいくつかの事情から家族と離れ、ほぼ一人暮らしであったことなどが、予想通り、あるいはある部分で予想外にフィットしたということは間違いありません。
このコラムは、テーマとしては「田舎暮らし」がメーンではありますが、「移住」や「終の住処」をどうするか、などという大げさな話ではありません。私的には「田舎暮らし=移住して骨を埋める」というような思考ではなく、人生におけるビジネスやプロジェクトの1つとして、たまたま舞台として富士山麓のけっこうな田舎を選択。商売はまったくダメかもしれないし、冗談ではなく富士山が噴火する可能性もなくはない。でも、好きで始めたことであれば、田舎なりの苦労や工夫もまた楽しいのではないか、というくらいに軽く考えています。
50代というと、年齢的にいつどうなってもおかしくない半面、まだしばらくは時間はあるだろうと考えられる時期でもあります。覚悟はあるけれど決め打ちはする気になれない、とでも言いますか……。
と、まあ、こんなバックグラウンドで東京・横浜から富士山麓に移ったオジサンの話をしばらく書かせていただくことになりました。田舎暮らしがちょっと気になる、といった皆様に少しでもお役に立つことがあればとてもうれしく思います。よろしくお付き合い下さい。
(日経BP社のJAGZYに連載したコラムのアーカイブです)
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