初めての田舎暮らしは、思ったよりすんなり移行できたわけですが(第1回参照)、それまで「モノを極力減らしたシンプルなスタイル」で生活していたのが幸いしたと実感しています。この身軽さが、田舎での一人暮らしに踏み出す際の敷居を、とても低くしてくれました。何しろ田舎の一人暮らしでは、モノを運ぶのも、それを管理するのも自分しかいないわけですから、持ち物が多いと何かと大変なのです。では、何をどう減らしたのか、それで問題はないのか、何を諦めたのか、といったことを中心に今回は書いてみたいと思います。根底にある基本的な考え方は「所有より利用」です。
目が覚めると、明け方の冷気が心地よい。標高530メートルくらいに位置する富士山麓・御殿場のアパートは、7月だというのにエアコン要らず。窓を開けて寝ていたら寒いくらいだ。涼しい夜は16℃くらいまで下がる。玄関のドアを開けると、天気の良い日は隣家越しに富士山が見える。そんな日は、カメラを持って店に向かう――(冒頭写真は、通勤経路に2つある信号のうちの1つで信号待ちの時に撮影)。
というわけで始まった田舎での一人暮らしですが、すんなりいったのはモノを極力減らした生活をしていたからだなぁ、と実感しています。サラリーマンを辞めて以来、公私の様々な事情で事務所や自宅の状況が変わり、引っ越しをするたびにモノを減らしてきていたのですが、それが結果的に効いたのは間違いありません。
もう東京・横浜で過ごした年月のほうが長くはなりましたが、幸か不幸か札幌育ちなので、「先祖代々の土地」のような感覚や、地域への強い愛着はあまりありません。それでもお世話になったバーのマスターとか、しょっちゅう食べに行っていたお店、いちいち説明しなくて済むなじみの床屋さん、といった存在はありますし、今でもたまに(本当にたまに、になってしまいましたが)顔を出しています。でも、住んでいた地域自体への執着はそれほどにはありません。
富士山麓に移る直前にしても、横浜・中華街の近くのワンルームマンションを自宅兼事務所にしていたこともあり、50過ぎのオジサンなのに2トントラックじゃデカすぎるくらいの少ない荷物(苦笑)。冷蔵庫を持っていなかったので(コンビニが冷蔵庫!)、引っ越しもレンタカーのトラックで1人で楽勝。壊れ物だけ自分のクルマで運んでおいて、あとは1日かからず完了でした。まずはこの身軽さが、田舎暮らしに踏み出す際の敷居をとても低くしてくれました。
ここに至るまでに何を捨ててきたかというと、例えばオーディオ。音楽もオーディオも昔から好きでしたし、スピーカーを何台も自作するほどだったのですが、店で使いそうな一部の機器を残してほとんどのモノを処分。自作スピーカーは粗大ゴミ同然の査定でしたが、さすがに青いメーターがついた有名ブランドのアンプは高く売れ、引っ越し費用を払ってもまだお釣りが来るくらいでした。半面、いくら気に入っていても、知名度の低いブランドやニッチな商品はリセールバリューに関してはまったくダメ、ということも痛感させられました。
書籍とCD/DVDもブックオフに来てもらって大量処分。読むかどうかというような本、まず聴かないCD、もう見ないと思われるDVDはすべて処分しました。音楽といえば、40年モノのピアノや安物のギター、デジタルドラムなどの楽器も処分。あきれるほど安かったのでガッカリでしたが。他に趣味方面では、魚釣り(陸からの海釣りです)の道具、草野球の道具など、時間が取れなくなって遠ざかってしまったものも、結構捨てました。
ソファや食卓のようないわゆるリビング家具もすべて処分。値打ちものの家具でもないし、たいして愛着があるわけでもありません。ソファなんか、かなりくたびれていたし。何より、リビングでゆったりくつろぐ時間なんてものは、実は人生においてほとんどない、ということに気付いてしまいました(私の人生の場合ですが……)。
もちろん、田舎ならではの広いリビングで、暖炉なんかを前にしてゆったりくつろぐのも田舎暮らしの1つの形なわけで、それを否定しているわけではありませんが、今回の田舎暮らしはそれが目的ではありませんでしたので。
店からクルマで15分のところに会社名義で借りたアパートは、単身者向けの家具付きウイークリーマンション(壁の薄いアパートですね)。備え付けの家具は、エアコン、壁にくくり付けのテーブル(折り畳み可)、カーテン、イス2脚、洗濯機、冷蔵庫、電子レンジ、テレビ――。テレビは見ないので、配線を外してパソコンのディスプレーの陰にお引き取り願いました。1Kなので掃除は楽ですし、クローゼットの上がベッドになっており意外に広く使えます。
電子レンジも冷蔵庫も、これまで使っていなかったくらいなので無くてもよいのですが、まあせっかく備え付けてあることだし、ましてや近所にうまいカクテルを作ってくれるバーなど望むべくもないわけで、と氷くらいは常備することにしました。
身の回りのモノは、アパートと店との両方で一そろいあればよい、といった感覚です。アパートでは、Webの仕事と会社の事務処理、洗濯(店のテーブルクロスとかも)、シャワー、あとはちょっと酒を飲んで寝るだけ。白物家電でこれがないと絶対に困るというのは、私の場合は、自分とは非同期に仕事をしてくれる全自動の洗濯機だけです。
壁が薄いのと帰宅が夜なので、アパートで音楽を聴くことは当初から想定しませんでした。アンプがないとまともに音の出ないエレキベースだけは手元に残しましたが、店ではずっと音楽を流しているので、帰ってから音楽がないと寂しいという感じでもありません。そもそもテレビさえ見ないので、音が出るのはパソコンで見るYouTubeくらいでしょうか。
ただし、これまでのWebの仕事は変わらずあるので、それに支障を来すようなことは何としても避けなければなりません。これも、ブロードバンドのモバイル回線とパソコンでどこでも仕事ができる環境をずいぶん前から整えていたので、問題は発生しませんでした。引っ越しなどのたびに回線工事が発生するのが面倒で、既にモバイルをメーン回線にしていて、今のアパートは幸いにして普段使っているサービス「UQ WiMAX」(今のところ通信量の制限がないので安心)のエリアでもありました。アパートにもネット回線は来ていたのですが、アパート運営会社のサーバーにログインしなければならないのがイマイチ落ち着かないのと経費節減のために解約しました。
一方、店のネット環境は、電話を設置しなければならなかったのと、さすがに本格的な田舎なので無線系サービスが3Gになってしまい仕事にならないので、電話と一緒にADSLでのインターネット接続環境を整えました。NTTに確認したところ、光ファイバーはエリア外。お金持ちも多い別荘地なんですが、マンションタイプではないわけで、コストと用途を考えるとADSLで十分なのかもしれません。
余談ですが、ADSLサービスが日本で始まった直後にいろいろと苦労した身としては、ルーターの自動設定で何の問題もなくサクッとつながってしまうのに拍子抜けすると同時に、ブロードバンドのコモディティー化を実感させられました。これも余談ですが、こういうわけなので、店ではお客様もWiFiが使えます。
田舎での一人暮らし、実は何が大変かというと「全部自分でやらなきゃならん」ということです。だから、持ち物が多いと何かと大変なのです。カメラのように軽くて簡単に買ったり売ったりできるものはまだ良いのですが、問題は、そうではないものです。代表的なのが住まいや白物家電、それにクルマ。とにかく、モノを持たない、サービスを使う、所有より利用というのが基本的なスタンスです。
例えば住まいでいえば、周辺は昔からの別荘地なので結構安い物件が売りに出たりしています。ご近所の皆様にも、狭いアパートより店の近くに住んだらいいのに、などとも言われます。確かに、クルマでアパートまで帰るので店では酒が飲めない、というのはかなり残念ではあります(店には私が飲みたい酒をそろえているのでなおのこと)。
とはいえ一軒家は、買った後、あるいは借りた後のことを考えるとそういう気にはなれません。リフォームをどうするか、日々のメンテナンスをどうするかなど、1人で店とWebビジネスをこなしている状況では、全く手が回らないことが明らかです。ただでさえ“植物キラー”(ベランダの死屍累々のプランターもすべて捨ててきました)なのに、庭なんかあった日にゃどうなることやら……。
食事も基本的に店の「まかない」か、外食。都会と違って外食の選択肢はかなり限定されますが、そこは仕方がありません。不本意ですが、コンビニ食もけっこうな頻度になってしまいました。アパートではコンビニで買ってきた酒をちょっとしたツマミで飲むだけ。余計な食器や調理器具の類はアパートには置いていません。
音楽についても同様なことが言えます。CDはかなり捨てたとはいえ、大事に思えるものは残してあります。でも、店ではCDは使いません。音源は、すべてインターネットラジオです。何より、店も1人でやっているので、1枚終わって別なのをかけるという手間がないのが一番です。
このようなスタイルは、ITでいうところの「クラウド」の概念に近いですね。例えば、手元のパソコンにデータを保管するのではなくて「Google Drive」のようなインターネット上のサーバーに保管する。そうすると、複数のパソコンを使っていても自動的に同期してくれるので、パソコン間でデータをいちいち受け渡す必要がない。あるいは、パソコンで動作するメールソフトではなくて「Gmail」のようなWebメールを使う、音楽はCDではなくてインターネットラジオ、というような考え方ですね。
この基本的な考え方を、田舎の一人暮らしにも取り入れたわけです。いわば“人生のクラウド化”。冷蔵庫は持たず「コンビニが冷蔵庫」なんてのがその典型例です。どうせコンビニから冷えたビールを買ってくるのに、自宅の冷蔵庫で冷やすこともないのではないか、ですね。飲む分だけ買ってくれば、飲み過ぎなくて良いとも言えます。
もちろん、災害時の備蓄とか何とか、いろいろと考慮すべき点はありますが、こうしたクラウド化は身軽さを実現し余計なことに煩わされないために大事な考え方の1つだと思っています。もちろん、人によって何を捨てられるか、何を大事に思うか、という価値観や尺度は異なるのであくまで私の場合です。次回は、クルマの話をしたいと思います。それでは、また次回までごきげんよう。
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