米国の有名なスピーカー・メーカーにJBLがある。ジェームス・B・ランシングという創業者の名前のイニシャルが、社名でありブランド名になっている。先日、このJBLのかつてのフラッグシップ・モデル「パラゴン」(Paragon)を聴く機会に恵まれた。
パラゴンは、普段見慣れたスピーカーの形とはずいぶんと異なった外観を持っている。演壇を横方向に大きくしたような形をしている。
この「演壇を大きくしたような」スピーカーは、低音、中音、高音それぞれを別のユニットで鳴らす3ウエイ構成。左右チャンネル合わせて6個のユニットが納められている。低音用のウーファーは38センチ。写真2が中音用のユニット。さらに、内部に高音用のツイータが内蔵されている。
手元に1984年のJBLのカタログがある。そのころ、国内販売を手がけていた山水電気が作ったカタログである。巻頭を飾るパラゴンは当時350万円。カタログの右上にある断面図を見ると、内部の構造がよく分かる。
ウーファーからの低音は、内部のS字型のホーンを通過して外に出てくる。ウーファーのコーン(真ん中の紙の部分)は、張り替えが可能である。古いスピーカーではあるが、日本にはJBLファンが多く、メンテナンスの体制は整っている。正面の半円形に膨らんだ部分は、左右の中音ユニットからの音を反射させて前に出す役目を担っている。
正面から見るとネジなどはすべて隠してあるが、全体をいくつかに分解することができるようになっている。ベッド1台分くらいの占有面積を持ち、本領を発揮させるには20畳を超えるリスニングルームが必要と言われる。さらに、300キロを超える重量は、移動が大変なだけではなく、床の強度など設置場所を問うのである。
パラゴンは手作りである。個体によって寸法も違ったりするという。これを作る手間とコストは大変なものがあると容易に想像がつく。1957年のデビュー以来、全生産台数はわずかに1000台程度。材料となる良質な木材が手に入らなくなったこと、高度な技術を持った木工職人が引退したこと、などの要因が重なって80年代はじめには製造を終了している。実は、この木工職人は日系人であった。日本の木工技術あればこそのパラゴンだったのである。
製造された時代によって、ユニットなどに多少の違いがあるが、今回試聴できたのは、生産台数の9割以上を占める中期型と呼ばれるタイプ。かなり良い状態を保っていた。製造終了間際のパラゴンは、57年のデビュー時に比べて、板の厚さが3分の2くらいに薄くなり、それに伴って重量も軽くなっているという。当然ながら、現在入手可能なのは中古のみで、状態の良いものは極めて少ない。
今回、オーディオ歴の長い知人が「長年の夢」だったというパラゴンを購入することになった。それで、都内の某オーディオショップでの試聴に参加させてもらうこととなった。
オーケストラ、弦楽四重奏、ジャズボーカル、フュージョンなど、いろいろなジャンルの音楽を聴かせてもらったが、こんなにパラゴンを真面目に聴いたのは初めてのことである。学生の頃、たまに行っていたジャズ喫茶にはこれが置いてあったのだが、当時のことはあまり印象に残っていないのだ。
「響きが素晴らしい、、、」というのが第一印象であった。ユニットの音というよりも全体としての響きとして感じられた。バイオリンなどのアコースティックな楽器やボーカルとの相性が良いし、ふわっとした独特の音の出方が印象深いものであった。オーケストラも団子にならず、かといってバラバラ感はない。思ったより音が前に出てくるし、新しい録音にも対応できる、、、。
店頭(とは言ってもかなり良い環境)のことゆえ、セッティングなどにまだまだ追い込める余地はあると思うが、その片鱗は十分に感じ取れた。最近のスピーカーは、住宅事情やAV(オーディオ・ビジュアル)で使用するということもあって、大きなサイズの製品は少なくなってきている。パラゴンは、音質や木工の品質というだけではなく、サイズの面からも、まさに「20世紀の遺産」と言える製品だと思う。
とても良い経験でしたが、やっぱり、文化にはお金が必要ですね(笑)。
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