インドカレーの食材として真っ先に浮かんで来るのは何だろうか? 肉は鶏、羊、地域によっては豚、野菜ならトマト、タマネギ、ホウレンソウ、ジャガイモ、ナス、オクラ、豆あたりであろう。いわゆるインド料理店で提供されているメニューからの想起でもある。
この手の「よくある」インドカレーは、もちろん美味いし安心感もあるのだが、その浸透度合いの高さと優れた安定感ゆえに、多様な食材による独自のカレーというものの展開を妨げている、という見方もできなくはない。
もちろん、インド以外のカレーに範を求めても良い。タイカレーといえば、鶏、タケノコ、ナス(グリーンカレー)、ジャガイモと鶏(マッサマンカレー)などがある。これらの素材を使ってインドカレーとして仕上げることもできるし、実際つくると美味い。アメリカ南部の郷土料理であるガンボなどもヒントになるだろう。
とはいえ、カレーと似たような料理に限っていては、模倣あるいはヒントを得る範囲が限定的になる。カレーの守備範囲をもっと広げよう、というときには、個別のレシピを探したり、食材を片っ端から試したりするよりも、カレーにすると美味い食材を見付けるための「判断基準」を持つ方が、新しい食材のこれまで知らなかったカレーに容易にアプローチすることができるはずだ。その判断基準とは何だろうか?
最初に挙げられるのは、「トマトソースやトマト煮にして美味いものはカレーにしても美味い」である。
例えばイタリアンには、イワシやタコといった魚介のトマト煮がある。イワシ、タコ、イイダコ、イカ、ホタルイカなどを使ったカレーは、カレーで魚介といえばまずはエビ、という固定観念を打ち破ってくれる。また、ラタトゥイユやカポナータといった料理の材料も、カレーに使ってまったく違和感はない。野菜だけのカレーにしても良いし、肉と組み合わせるのも良い。ひよこ豆とソーセージのトマト煮なども、格好のヒントである。
牛や豚のモツでトマト煮をつくることもある。これも、ちょっとスパイスを強めに調整すると、とても美味いインド風のカレーになる。特に牛は、宗教上の理由からインドでは考えられない食材だろうが、自分でつくって食べるのであれば、そこに境界線を引く必要はないだろう。
いずれも、ちょっとスパイスを強めに、というときにどのスパイスをどの程度、あるいは魚介により良く合わせるためのスパイスの調整、といった点に一工夫した方が良いこともあるが、普段のトマトあるいはホウレンソウを使った基本的なカレーベースで、まずは十分である。素材の味わいがカレーに出て来るので、それが個性となる。素材の味わいをスパイスで楽しむのがインドカレーでもある。
さらに、もうちょっとこれを強めにしたらどうか、などと自分なりにアジャストして完成度を上げていけば良いのである。例えば、魚系の味わいがもう少し欲しいかな、というときには、ナンプラーやアンチョビを少し加えたりしても良いのである。
次に挙げられる判断基準は、「和風の出汁で煮て美味いものはカレーにしても美味い」である。
例えば、ブリ大根をはじめとして、大根と動物性の何かを出汁で煮た料理は数知れない。ブリ大根カレーはもとより、鶏大根や豚大根もインドカレーとして仕上げるととても美味い。ジャガイモやサトイモには、イカやタコと合わせた煮物がある。イワシの梅煮なども、ちょっとドライなイワシのカレーのイメージに結び付く。レモンとヨーグルトでちょっと酸味を付けても美味いかも、などと思わされる。
大根やカブ、ナスなどの鶏そぼろ餡かけも、インドカレーに結び付く。例えば、鶏挽き肉のキーマカレーに大根を入れて柔らかくなるまで煮込むと、大根の鶏そぼろ餡かけインド風、ということになる。針生姜のトッピングまで相似形だ。そぼろ餡かけにするような食材なら、キーマカレーとの相性は良いのである。
イカ飯という料理がある。イカの胴体に米やゲソを刻んで詰めて甘辛い出汁で炊いたものである。これにヒントを得てイカ飯のカレーを作ったことがある。米と刻んだゲソ、生姜のみじん切りを混ぜて胴に詰め、トマトのカレーベースで米に火が通るまで落とし蓋をして煮込んだのである。このときは、小ぶりのヤリイカを使ったのだが、米に火が通ってカレーの味が沁み込むまでの時間が短くて済むのが結果的に良かった。
味噌汁の具になる食材全般を見渡して、その中から良さそうな素材の組み合わせを選ぶこともできる。例えば、シンプルな基本のカレーであるアルジラ(クミンが効いたジャガイモのカレー)は、ジャガイモとタマネギの味噌汁に非常によく似ている。数多ある味噌煮も、カレーへの展開が期待できる。
トマトソースのところでモツに触れたが、ある居酒屋でカレー味のモツ煮込みの中に大きく切った豆腐が入っている、というものを食べたことがある。豆腐を崩しながらカレー味のモツと一緒に食べるのだが、これなどはモツだけではなく豆腐についても、インド風のカレーへの展開の可能性を感じさせる。豆腐の場合、麻婆豆腐や揚げ出し豆腐などが、インド風豆腐カレーをイメージするためのヒントになるだろう。
外食であれば、メニューにないものは普通は食べられない。しかし、自分でつくるのであれば、気に入った素材、あるいは意外な素材をカレーに仕立て上げることができる。さらに、ホタルイカと菜の花、ホウレンソウや菜の花ベースのカレーにタケノコ、というように季節に応じた食材を組み合わせることもできる。
「トマトソースや和風出汁で美味いか?」という判断基準で食材を選べば、自分だけのオリジナルなカレーを制約なしに、かつ失敗の確率は低く試すことができる。トマトソースや煮物とインドカレーの間には、「煮え端の素材の味わいを楽しむ」という共通点もあるので、食材が煮え過ぎないような加熱を意識したい。もちろん、ホロホロになるまで煮込んだ方が美味い、という場合もある。既存のレシピに頼らずに、味わいから食感まですべてが狙い通りに仕上がったときの充実感は得難いものである。これは、とても楽しいことではなかろうか。
・参考リンク
ホタルイカのカレー
蕪の入ったキーマカレー
早春といえば菜の花のカレー
節分ということで小豆のカレー
イワシのカレー
インド風いか飯
和食の「鶏大根」をインドカレーに
ベビーホタテと野菜のサブジ
タコと大根のカレー